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2006年10月25日 (水)

百億の昼と千億の夜

"百億の昼と千億の夜" (光瀬 )

昔友人から借りて読んだことがある。ストーリーは全く覚えていないのだが、何だかすごい本だという印象を持ったことだけを良く覚えている。そこで再読してみようと思い購入した。

で、再読してみたわけですが、やはりすごかった。
光瀬龍のプロフィールを見ると、「東京教育大学理学部卒業後、文学部哲学科に学ぶ。」とある。内容を考えるととてもうなずけるものがある。
私には、光瀬龍が、SFという舞台装置を使って人間にとっての哲学や宗教の意味を問い掛けているように思える。

仏教の知識はほとんどなかったのだけれど、この本を読み終えてすぐにWikipediaで仏教のことをいろいろ調べてみた。弥勒、阿修羅、シッタータ(=釈迦)、梵天、帝釈天など、宗教上の意味を背景にして、それぞれ登場していることがよくわかった。
認知されている範囲の外側を、仏教を通して語ろうとしているのは、わかる気がする。悟りとはそういうものだろう。
認知の外側に飛び出すことを妨げる存在がナザレのイエス(=キリスト)というのもうなずける。これは別にムハンマドでも一神教であればよかったのだろう。また、イスカオリテのユダが悪として描かれていないのも、当然の成り行きだ。

オリオナエ(=プラトン)の役回りは、発生している事象を論理的に解明しようとする人間の姿勢を示すことではないか。

いろいろな解釈が成り立つと思うが、私はこう読んだ。
仏教や哲学をさらに調べるきっかけになり、少々知識が得られたのも良かったと思う。

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