2006年12月 3日 (日)

北朝鮮の韓国に対する世論工作

 最近の韓国はいったいどうなってしまったのだろう。そしてどこへ行こうとしているのだろう。今の状況が国益に適っていると、考えているのだろうか?

 昔から北朝鮮の韓国に対する世論工作の基本は「反米民族主義」である。したがって核実験に対しても「ここまで事態を悪化させた責任は、北朝鮮に対する制裁強化と直接交渉拒否の米国にある。悪いのは米国だ」との見方が韓国社会には結構、広く存在する。

 北朝鮮の世論工作は、これ以上はないと言うほどの成功を収めているということだろう。太陽政策を推進する金大中〜盧武鉉のラインは、私の目には北朝鮮の傀儡政権にしか見えない。

 金正日総書記は2000年、金大中氏との初の南北首脳会議に応じた。韓国の「太陽政策」はそこから始まったのだが、金総書記の"金大中取り込み"の効果は、6年後の核実験強行に対する韓国世論にも、見事に現れている。

参考:フォーサイト2006年11月号26ページ

 現在の延長で朝鮮半島が統一されれば、親中国もしくは親ロシアの国家になることはあっても、こちら側に身を置く国家になることはまずないだろう。それで韓国の人々が現在よりも恵まれた生活を得ることはありえないだろう。短期的な民族主義的昂揚の結果として、中長期的に不幸な境遇に置かれたとしても、こちらの知ったことではない。
 しかし、民族として日本を敵視することに存在価値を見いだしている(と私が思っている)朝鮮民族が、核を持ってあちら側の国家として統一されることは、はっきり言って恐怖である。

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2006年11月17日 (金)

ネット右翼という言葉

 「右翼」という言葉から真っ先に連想されるものといえば、日の丸や日章旗をはためかせながら、軍歌をがなり立てる黒塗りの街宣車、といったところだ。これにプラスのイメージを持つ人などいるわけがない。
 それじゃ「ネット右翼」という言葉からは何が連想されるだろうか。嫌中、嫌韓、のスタンスを明確にしてインターネット上で意見表明をしている人、といったところが、実態を示したカテゴライズだろう。
 ここで考えてみなければならないことがある。

  • このカテゴライズになぜ「右翼」という極端なイメージを連想させる言葉が当てられているのだろうか?
  • なぜ「ネット左翼」という言葉がほとんど使われていないのだろうか?
  • なぜ、マスコミの左右バランスと、ネット上の言論の左右バランスに、これほど支点の違いがあるのだろうか?

 結局この言葉は、インターネットの出現で自己表現手段を持つに至ったかつてのサイレント・マジョリティによって、自己の存在価値を著しく低下させられている一部の既存メディアが、自己防衛の手段として相手を貶めるためにつけたレッテルなのだ。

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2006年11月16日 (木)

ローマ人の物語 〜 悪名高き皇帝たち


"ローマ人の物語〈17〉悪名高き皇帝たち(1)" (塩野 七生)


"ローマ人の物語〈18〉悪名高き皇帝たち(2)" (塩野 七生)


"ローマ人の物語〈19〉悪名高き皇帝たち(3)" (塩野 七生)


"ローマ人の物語〈20〉悪名高き皇帝たち(4)" (塩野 七生)

 ここに登場する4人の皇帝で、私が一番好きなのはティベリウスだ。アウグストゥスよりもカエサルよりも好みかも知れない。統治のシステムを盤石なものにするという、業績の渋さがたまらない。孤高の人といった感じもまた強い信念が伝わってきて、私としては好印象である。
 カリグラは論評に値しないだろう。
 友人にしたいのはクラウディウスだ。正しいことを正しい方法でなしていれば必ず認められるという彼の行動理念に、私は共感を覚える。
 ローマに行ったときに、タイム・エレベータというローマの歴史を駆け足でたどるアトラクションを見た。その中に皇帝ネロがローマが火の海になっているのを見て歓喜の笑いを浮かべているシーンがあった。実際に、当時のローマではネロがやらせたという噂が消えることはなかったらしいが、どうもこれは事実ではないらしい。その証拠に、ネロはこのローマの大火の復興の陣頭指揮をとっている。
 この本を読む限り、その「暴君」度は、歴史上の他の登場人物に比して特別なわけではないと思う。現代になってもここまでひどい評価を受けている理由は、ローマ帝国がキリスト教を排斥する先鞭をつけたからだろう。現代の世界における標準的な価値観が、良くも悪くもキリスト教的なものに基づく以上、しかたのないことなのだろう。

 最後に、なぜタキトゥス(に限らずローマ史を書いた人々)がローマ皇帝を悪く書くのかを分析しているくだりが非常に面白い。ローマの統治機構が盤石で平和だからこそ、体制批判でしか自らの存在価値を見いだすことができない。それが理由だと。現在の日本についての強烈な批判が込められている。私も全くその通りだと思う。いわゆる進歩的文化人だったわけだ。タキトゥスは。

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2006年11月 7日 (火)

目指すは帝国の復活か?(ロシアとイランのエネルギー戦略)

最近のロシアのやっていることを見ると、横暴というか無茶苦茶というか、以前も書いたとおり帝政ロシアの復活を目指しているのではないかと思わず考えてしまう。イランも同じで、ペルシア帝国の復活を、と書こうとして調べてみたら、ペルシア帝国はイスラム教成立以前のことだった。イランの歴史はとても簡単にはまとめられそうにない複雑さだが、常に東方イスラム世界の中心であり続けたことは確かなようだ。

・・・・・「サハリン2」プロジェクト・・・・・アザデガン油田開発・・・・・ロシアとイランに共通しているのは、エネルギーを政治的、外交的影響力拡大の手段にしようとする「エネルギー覇権主義」である。・・・・・
・・・・・2004年以降のエネルギー価格の急騰で、ロシアの外貨収入は激増し、経済は急激に回復した。さらに中国、インドなどの経済成長によるエネルギーの需要逼迫で、エネルギー開発プロジェクトは売り手優位に逆転した。ロシア政府が自らの立場が弱かった時代に結んだ外資との契約をすべて反故にし、ロシア優位の新契約を結びなおしたいと考えるのもかしくはない。
・・・・・

なるほど、ロシアの立場からすれば、弱みにつけ込まれて結ばざるを得なかった不平等な契約を、平等なものに改めたいという願望があることは理解できる。でも、明治時代の日本がその撤廃に腐心した不平等な関税などとは違って、純粋に個別案件の契約でしかないわけだから、これを国家の意向で簡単にひっくり返せるとしたら、朝令暮改のどこかの国と本質的に変わりがないではないか。

イラン政府はINPEX(国際石油開発)が保有するアザデガン油田開発の権利を75%から10%に引き下げると決定した。・・・・・核拡散防止の観点から、イランを利する油田開発に着手できる状況ではないだろう。逆にイランはアザデガンを"人質"に、核開発をめぐるイランの立場への理解と譲歩を日本から得ようとしていた。
・・・・・
イランは日本の経済産業省が「一つ覚え」で繰り返す「自主開発油田の比率向上」を逆手に取っているにすぎない。
・・・・・

これは、誰も責任を取りたくないがためにズブズブになるという、役人の典型的な行動パターンが災いしているな。今の国際情勢で、イランに対して日本が単独で抜け駆けなどできるわけがないではないか。だいたい、エネルギー安全保障の解は「自主開発油田の比率向上」が最上策なのだろうか? こんな日本の従うべき行動原則が、実は議論されていないように思えてならない。今後は金さえ積み上げることができれば、石油が買えないということは世界だという論も、複数目にしたこともあるし。

・・・・・ロシア、イランがやろうとしているのは、エネルギーを政治的武器として使用し、自国の影響力を拡大し、利益を伸張させようという発想にすぎない。ロシアは米中と並ぶ覇権国家、超大国への復帰を目指し、イランはイスラム世界における指導的立場を狙っているといってよい。

参考:フォーサイト2006年11月号24ページ

まあ地理的なこともあるが、私としてはロシアが怖いなあ。旧ソ連の体制の時とはいえ、大東亜戦争終了直前のどさくさに紛れた領土侵入やシベリア抑留など、基本的に信頼できない。他国へ供給しているパイプラインのストップとか平気でやってるしね。
イランとは直接の利害がからまないので、対米関係とのバランスが問題のすべてだろう。

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2006年11月 1日 (水)

負けた棋譜 互先白番 10目半負け

20061031-2229+Nakamori-drowsy.sgf

62手目はおかしい。Q12に打ち込んだ方が良かったのではないか。
66手目はK18に継いで、追い上げの攻めを狙うべきだった。
82手目はO13の消しでも形勢は大丈夫だったかも知れない。
89手目で3子を飲み込まれてしまった時点で、すでに形勢はかなり悪い。
102手目はS12の方が大きかったかも。当然受けてくれるはずだから先手だし。

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宗教的背景の違いは乗り越えられるのか?

ローマ法王の発言がイスラム世界で批判されるということがあったことだけは知っていたが、その具体的な発言や、それにイスラム世界がなぜ反発するのかについては、具体的な知識は持っていなかった。

西欧キリスト教世界が繰り出した十字軍については、現代の歴史認識では「悪」とされ、先代のローマ法王も謝罪を迫られた。一方で、イスラーム教徒の側の征服は、イスラーム今日への改宗をまず要求するという「正当な手続き」を踏み、それに従わない「不当な」勢力を討伐していった正しい行ないとされる。謝罪どころか、宗教の敵を妥当したものとしてイスラーム諸国で認識され、教えられ続けている。
これについて異教徒の側から言及することは、イスラーム教徒との「対話」においては禁句である。・・・・・ローマ法王は、「率直な対話」のあるべき姿として、この問題にすらも触れられるようにならなければならない、という希望を、自分自身の言葉ではなく、14世紀のビザンツ皇帝の言葉を借りて表明する。
ローマ法王の発言は、イスラーム教徒異教徒との関係をめぐる問題の核心を衝いている。・・・・・

良く読めば、もともとの双方の認識に対称性がないわけだ。これでは対話が成り立つわけがない。イスラム側の主張は、「はじめに改宗を求めていればその後は何をしても良い」ということであり、この論理では中世ヨーロッパが植民地支配のためにカトリックの布教活動を利用したことも、正当化されることになるではないか。

結局のところ、イスラーム教の圧倒的多数の解釈において宗教的な自由主義がほとんど存在しない現状では、キリスト教徒側からの批判的問いかけに応えて対話が成立することは予想できない。単に「誤謬」として撤回を求められるか、「確信犯」の「攻撃」とみなされ懲罰を科されるかのいずれかである。・・・・・
・・・・・ローマ法王発言に対する西欧諸国の世論の支持は底堅い。「政治的配慮には欠けたが、事実を言った」というのが西欧の反応の最大公約数といえる。
・・・・・
・・・・・これはトルコのEU(欧州連合)加盟に対する根強い否定的世論を根本で支える認識でもある。

トルコやインドネシアが非常に親日的ということもあり、私の世俗主義のイスラム教国に対するイメージはかなり好意的なものだ。日本人ならイスラム教であることを理由に拒否反応を示すことはまずないだろう。相手国も日本に対してまずまず好意的であるが、これは日本が仏教国(一応)であると関係があるのだろうか?
それを西欧に当てはめてみたときに、イスラム教国側が本当にキリスト教国というだけで西欧に反発しているのだろうか?
私にはそうは思えない。世の中の成り立ちが、西欧のキリスト教国がイスラム教国家ら何らかの搾取をした結果である、という基本認識が暗黙的に存在している限り解消されることはないような気がする。これは絶望的だ。

ローマ法王発言からちょうど1ヶ月の10月12日にノーベル文学賞が発表された。受賞者はトルコ人のオルハン・パムクであった。
近年のノーベル文学賞は、政治的メッセージとしての意味合いが色濃い。・・・・・
この状況下でのパムクへのノーベル賞授与は、東西の「架け橋」となりうるトルコの西欧派知識人へ、西欧の知識人から期待を表明し、支援の手を差し伸べたものといえる。ただし、その「手」はあくまでも橋を渡って(ヨーロッパにとっての)「こちら側」に来たパムクに差し出されている。

参考:フォーサイト2006年11月号22ページ

なるほどノーベル文学賞にはそういう意味があるのか。政治的なのは平和賞だけではないんだ。これでは、村上春樹が受賞することなどあり得ないなあ。

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2006年10月25日 (水)

百億の昼と千億の夜

"百億の昼と千億の夜" (光瀬 )

昔友人から借りて読んだことがある。ストーリーは全く覚えていないのだが、何だかすごい本だという印象を持ったことだけを良く覚えている。そこで再読してみようと思い購入した。

で、再読してみたわけですが、やはりすごかった。
光瀬龍のプロフィールを見ると、「東京教育大学理学部卒業後、文学部哲学科に学ぶ。」とある。内容を考えるととてもうなずけるものがある。
私には、光瀬龍が、SFという舞台装置を使って人間にとっての哲学や宗教の意味を問い掛けているように思える。

仏教の知識はほとんどなかったのだけれど、この本を読み終えてすぐにWikipediaで仏教のことをいろいろ調べてみた。弥勒、阿修羅、シッタータ(=釈迦)、梵天、帝釈天など、宗教上の意味を背景にして、それぞれ登場していることがよくわかった。
認知されている範囲の外側を、仏教を通して語ろうとしているのは、わかる気がする。悟りとはそういうものだろう。
認知の外側に飛び出すことを妨げる存在がナザレのイエス(=キリスト)というのもうなずける。これは別にムハンマドでも一神教であればよかったのだろう。また、イスカオリテのユダが悪として描かれていないのも、当然の成り行きだ。

オリオナエ(=プラトン)の役回りは、発生している事象を論理的に解明しようとする人間の姿勢を示すことではないか。

いろいろな解釈が成り立つと思うが、私はこう読んだ。
仏教や哲学をさらに調べるきっかけになり、少々知識が得られたのも良かったと思う。

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2006年10月16日 (月)

DVDの書き込み速度

Retrospectのバージョンアップにともなって、今までのバックアップセットはリードオンリーになってしまった。バックアップはDVD-RWで行なっていたが、これを再利用して新しいバックアップセットを作成すると、その途中でトラブルが発生した時にデータが失われてしまうリスクがある。
そこで新しいDVDメディアをまとめて10枚程度購入する必要が生じた。-RWか+RWかはどちらでも構わないだろう。書き込み速度が速いほど高価なわけだが、どうも4倍速がコストパフォーマンスに優れているようだ。
ところが、職場から私が指定した内容を妻が正確にメモして持参し、それを店員に見せて購入して来たのにもかかわらず、帰宅して確認したメディアは2倍速だった。(ヤマダ電機よ、何をしているのだ。。。

このまま2倍速のメディアを使おうかどうかを検討するために、具体的な書き込み時間の数値がほしくて検索してみると、デジタルArenaの記事にこんな記述があった。

書き込み型DVDドライブの使い勝手を左右するのが速度です。この数字が大きいほど、データの書き込み時間を短縮できるからです。
DVDでは、1秒あたり1350KBのデータ書き込みが「等倍速」になります。2倍速ドライブなら2700KB/秒、4倍速なら5400KB/秒でデータ書き込みが可能です。
書き込み型DVDドライブでは初期の等倍速から4倍速まで、表示速度に比例した時間短縮効果があります。例えば、4.7GB分のデータを書き込むのに当倍速で60分かかりますが、2倍速なら30分、4倍速なら15分で済みます。しかし、8倍速以上になると事情が異なります。8倍速では4.7GBのデータを書き込むのに単純計算では7.5分となりますが、実際には約10分もかかるのです。今後登場する16倍速は約6分かかります。

現在のバックアップ対象データが大体36GB程度あるから、概算でDVDが9枚必要として、書き込みと同じ時間だけベリファイにも必要と考えると、2倍速で9時間、4倍速で4時間半かかることになる。途中でメディアの入れ替えが8回必要だから、寝ている間でというわけには行かない。

これで結論は出た。交換してもらおう。(いらん手間を掛けさせおって、ヤマダ電機よ。。。

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2006年10月15日 (日)

MacのDVDドライブを換装する

うちのMacに搭載していたDVDドライブはパイオニアのDVR-105だったのだが、こ
れが先日何の予兆もなく読み書きができない状態になってしまった。あたらいド
ライブを購入しようといろいろと調査したところ、Patchburnというソフトを使
えば、ほとんどのドライブが使用可能だということがわかった。

http://www.patchburn.de/

それで、近くのPCパーツが売っている家電量販店に行ったら、ちょうどバルクの
パイオニアDVR-111Dが5,980円おいてあったので、早速購入した。
DVRドライブを交換してシステム・プロファイルを見ると、ちゃんとハード的に
認識されている。Patchburnを実行して再起動すると、iTurnsの環境設定で書き
込みドライブとして選択できるようになった。Toast 6 Titaniumでも認識されて
いるし、すべてうまくいったとほっとしていた。

ところが、いつものようにRetrospect 5.0を起動してホームフォルダをDVD-RWへ
バックアップをしようとしたところ、デバイスの準備ができていないとメッセー
ジが。どうも、Retrospect 5.0のドライバがDVR-111Dには対応していないようだ。

早急に対策を講じる必要があるな。

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2006年10月 1日 (日)

我が家のクルマ 〜 カローラ・スパシオ S エアロツアラー

我が家の車は、カローラ・スパシオのSエアロツアラーというグレード。エンジンは1.8リッターで、2WD、タイヤは195/60。
2003年に購入したので、今年の夏に初めての車検を通したところだ。年間平均4000km程度しか走っていない。カーナビは購入して1年ほど経ってから、関東から関西への転居をきっかけに取り付けた。

良いところは

  • 日常使用でパワーに不満を感じたことはない。
  • 全長が短い(4260mm)ので取り回しがかなり楽だ。
  • 頭上にゆとりがあるので、圧迫感がまったくない。
  • 窓が大きいので車内が明るい。

いまいちのところは

  • ロードノイズが結構大きい(タイヤが原因か)。
  • 後席の乗り心地が悪い。春に850kmを11時間程度で走る強行軍を、夫婦で運転を交代しながらやったが、後ろの席に乗っているのはかなり辛かった。(運転していない方が助手席に座ると、チャイルドシートに座っている息子が一人で後席にいることになるので、必ず助手席があく。)

どうでもいいところは

  • 3列目は全く使っていないので、乗り心地など問題にしていない。
  • 乗り始めた頃、ペダルの位置でシートを合わせるとちょっとハンドルが遠いように感じてしっくりこなかったのだけれど、もう慣れてしまっている。(ハンドルの位置でシートを合わせて、足の方が慣れたかたち)

まずまず気に入っているし、結構長く乗るつもりだ。
次に買う時には、子供もチャイルドシートなしで座るようになるわけだし、後部座席の乗り心地をもう少し考慮した方が良いかな。思い返してみると、購入前に試乗した時には、まだ子供がいなかったので、ディーラーの人は後部座席にいて、夫婦で運転席と助手席を入れ替わりながらだったな。子供が生まれるまで二人とも後部座席に座ったことがなかったと思う。

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